東京高等裁判所 平成元年(う)1190号 判決
被告人 大金信一
〔抄 録〕
ところで、テレホンカードの場合は、予め支払った金額に応じた利用可能度数に満ちるまで何回にも分けて使用することが予定されているのであるから、テレホンカードに化体されている権利は本来可変性を有する点に、従来の有価証券とは異なる、前払式証票(プリペイドカード)たるテレホンカードの特色がある。そうして、券面に印刷記載された度数は発行時の利用可能度数を示すにとどまり、パンチ孔の位置によって表示される残度数もおおまかなものに過ぎないから、カードで享受し得る権利の具体的内容、すなわち、現在の利用可能度数(化体された権利)は、券面の表示のみによってはこれを確認できない。それぞれの時点において現存する利用可能度数は、裏面にある磁気情報に保持されており、このままでは見ることはできないが、テレホンカードの本来の使用方法に従って電話機に挿入すれば、前記のとおり、電話機の残度数表示窓に表示され、見ることができる。しかも、カード式公衆電話機を使用する権利の存在とその権利の具体的内容すなわち現存する利用可能度数は一体不可分であるから、右利用可能度数に関する磁気情報は、実質的に券面の記載を補完し、これと相まって権利を表示しているものであって、テレホンカードの権利表示の一部をなすというべきである。いいかえれば、テレホンカードは、券面上の表示と磁気ストライプ部分に記録された磁気情報とが一体となって、通話役務の提供を受ける権利をカードに化体させた有価証券であるとみることができる。≪中略≫
なお、テレホンカードの中には、前記のとおり、「NTT」という記載がないものもいくつかある。しかし、テレホンカードの発行人がNTT以外になく、カード式公衆電話機の設置者がNTT以外に存在しない現状では、形状及び記載を総合して、NTTのテレホンカードであることが分かりさえすれば、NTTの設置するカード式公衆電話機を使用できる権利を表示するものであることは明らかであるから、権利の特定に欠けることはなく、「NTT」という記載がないことは有価証券であると認めるのについて支障となるものではない。これに対し、券面の印刷部分が全くなく裏面に度数情報及び発行情報(パリティビット及び暗号情報を含む。)が印磁されたのみのいわゆるホワイトカードは、形状、記載を総合しても、真正なNTTのテレホンカードの外観を具備するものとは考えられないから、有価証券とは認められない。≪中略≫
テレホンカードの磁気ストライプ部分に記録された利用可能度数に関する磁気情報は、実質的に券面の記載を補完し、これと相まって権利を表示しているものであって、テレホンカードの権利表示の一部、すなわち、有価証券の一部をなすというべきである。従って、これに権限なく変更を加えることは、テレホンカードに表示されている権利内容に変更を加えることにほかならないから、有価証券の変造に当たるものと認められる。≪中略≫
確かに、一般の有価証券の場合には、文書の場合と同様、人に対して直接これを呈示することがその本来の用法に従った使用であり、そのためには、相手方がこれを認識し得る状態に置くことが必要であるから、このような有価証券の性質上、この証券面の可視性・可読性ある部分に改ざんを加えることが当該有価証券の変造となるものといえる。
ところが、テレホンカードの場合には、これをカード式公衆電話機の挿入口に挿入して使用することがその本来の用法に従った使用であり、この場合、相手方であるNTTの情報管理組織は、電話機に挿入されたテレホンカードの裏面の磁気ストライプ部分に内蔵されている磁気情報を読み取って、このテレホンカードの真正の有無ないしその権利内容を判別しているわけであるから、このようなテレホンカードの性質上、その磁気的部分を権限なく改ざんする行為は、正しく有価証券たるテレホンカードの変造に当たるものというべきである。≪中略≫
テレホンカードの場合には、前記のとおり、これをカード式公衆電話機の挿入口に挿入して使用すると、相手方であるNTTの情報管理組織を介して、その真正の有無、権利の内容等を認識し得る状態に置かれたことになり、その化体する権利の義務者であるNTTに対して呈示され、その権利内容に応じた通話役務の提供を受けることになるのである。すなわち、テレホンカードの場合には、一般の有価証券の場合と異なり、カード式公衆電話機にこれを挿入して使用することがその本来の用法に従った使用であり、また、同時にそれは、カード利用のシステムを介して、義務の主体であるNTTすなわち人に対して権利を行使することに当たるものと解すべきである。従って、利用可能度数に関する磁気情報の改ざんされたテレホンカードを真正なものとして電話機に挿入して使用することは、正しく変造有価証券の行使に該当するものというべきである。
もっとも、テレホンカードの場合にも、これを販売するときは、直接相手に対し呈示されるわけであって、これも行使の一態様とみてよい。しかし、本件のように磁気情報を改ざんしたテレホンカードを通常の販売価格以上で販売するためには、これまでの裁判例によっても明らかなとおり、相手方にその情を明かして販売(交付)するのが通例であって、真正なものとして販売(行使)することはまずないものと考えられる。
とすると、所論のように直接人に対し真正な文書であるかのように装って呈示するときに限って「行使」に当たると解するときは、テレホンカードについては、その交付罪においてはその殆どが「行使の目的」を欠くことになり、また、その行使罪においては、その情を知って不正に電話機を利用しても、これに該当しないことになる。
刑法が有価証券変造、変造有価証券行使罪及び同交付罪を設けている主たる目的は、経済的に通貨に類似する機能を有する有価証券に対する人々の信頼と、ひいては有価証券制度そのものに対する社会的な信用を保護することにある。本件のような変造テレホンカードがいわゆる金券屋等の手によって一般市場に出回り、それが電話機で使用されていることが一般に広く知れ渡るようになれば、テレホンカードに対する一般人の信頼が失われ、ひいてはテレホンカードのシステムが円滑に機能しなくなるおそれもある。
これを要するに、テレホンカードの場合、その「行使」を、一般の有価証券の場合と同様、「直接人に対し真正な文書であるかのように装って呈示し、相手がこれを認識できる状態におく。」ときに限るというのは、テレホンカードの利用目的ないし使用の実態にそぐわないばかりでなく、真正な有価証券の社会的信用を保護法益と定めている、右の立法趣旨に照らしても、相当でない、というべきである。
この点に関し、所論は、「このように改ざんされたテレホンカードを使用して通話する行為を放置することは許されないため、昭和六二年六月から施行された刑法の一部改正により、新たに刑法二四六条の二の規定(電子計算機使用詐欺罪)が設けられたわけであって、『改ざんされた電磁的記録を情を知った他人に交付する行為』については、なんらの規定も設けられていないから、これを処罰することは罪刑法定主義の上からいって許されない。」という。
しかし、右の法改正は、電磁的記録それ自体は可視性・可読性がないことから、これを文書偽造罪にいう「文書」に当たるとするには疑問があり、文書偽造等の罪によって対処することが困難であるため、刑法第一七章の「文書偽造ノ罪」について所要の改正が行われたものであって、その特別規定ともいうべき同法第一八章の「有価証券偽造ノ罪」については、法改正が見送られたものと解される。このことは、さきの法改正で新たに設けられた同法一六一条の二第一項(電磁的記録不正作出罪)又は同条第三項(不正作出電磁的記録供用罪)の各規定が、その各法定刑の上限を、私文書偽造又は同行使の罪のそれと同一に定めていること、また、この法改正での審議の過程において、テレホンカードがその対象に取り上げられながら、テレホンカードについては、その性質上、最も多く問題になることが予想される交付の場合について、なんらの手当もされていないことからも裏付けられている。
とすると、電磁的記録が有価証券の一部をなしており、その改ざん等が現行の有価証券変造等の各罪に該当するときは、それが電磁的記録の不正作出等に関する刑法の一部改正規定に該当するか否かを問わず、特別規定である有価証券変造等の各罪によって処罰することは当然許されるものと解される。さきの法改正によれば「改ざんされた電磁的記録を情を知った他人に交付する行為」については、なんらの規定が定められていないことは所論のとおりであるが、これが変造有価証券交付罪に該当する以上、同罪によって処罰することは、罪刑法定主義に反するものではない。
また、所論は、「本件被告人の所為が変造有価証券交付罪に該当するとすれば、刑法一六三条一項の規定により三月以上一〇年以下の懲役に処せられることになる、そうだとすれば、本件カードを実際に不法に使用した者が同法二四六条の二(電子計算機使用詐欺罪)の規定により一〇年以下の懲役に処せられるのに対し、自らは使用しない者がより重い法定刑で処断されるという奇妙な結果になる。」という。
しかし、有価証券としての性質を有する本件テレホンカードをその情を知って使用することは、それが同法二四六条の二の規定に該当するか否かを問わず、変造有価証券行使罪に該当するものと解されること前記のとおりであるから、所論は前提において失当である。
(栗原 本吉 泉山)